■もしも「接触恐怖症×対人恐怖症」だったら 2007/03/23
食事はいつも、中丸が買って来た食材を赤西が調理する。
食卓に着くほど短い距離で対面することができない亀梨の為に、毎回赤西は食事をトレイに乗せて亀梨の部屋の前に置くようにしていて。
赤西が去ったのを確認してから亀梨はその食事に手を付けるのだ。
片付けは、赤西が居ない時を見計らって亀梨が自分でする。
本当にすれ違いのような生活を送る2人であったが、そうでもしないと亀梨が恐怖心に囚われてしまう可能性があるので致し方ない。
互いに姿を見るのは、中丸がいる時間のみとなっている最近で、珍しく夕飯時に亀梨が部屋から出てきた。
先ほど赤西が届けた食事をトレイに乗せたまま、一歩一歩赤西に近付く。
それでも、線引きされた領域までしか歩み寄ることは出来ず、亀梨はそのまま床に座り込んでもそもそと食事に手を付け始めた。
驚いたのは赤西で、あまり動かない表情でも驚愕が読み取れるほど動揺している。
何を話すでも無く、進められる食事に、亀梨の意図が掴めない赤西は考え込みそうな思考を中断させ、自分の食事を続けることにした。
沈黙が続く部屋の中で、陶器の触れ合う音が響く。
そんなことが3日、4日と続けば、何となく、亀梨の意図が赤西には読めてきた。
要は、ぽっかりと空いている距離を縮めようとしているのだろう。
自分達が自分を守る為に線引きした、立ち入り禁止領域と同じくらいぽっかりと空いた距離。
縮まるかどうかは、自分達次第なのに。
歩み寄ろうとしている亀梨に、赤西は気付かないフリを、続けようとした。
赤西の問題は、亀梨の問題と根本的に違うのだから。
それから5日経ち、1週間経ち、亀梨が同居するようになって、1ヶ月が過ぎていった。
縮めようとしている距離は、変わらずにぽっかりと空いたまま。
何の展開も見せぬまま、過ぎ去る日々に、中丸は焦れていた。
確かに、コレばっかりは精神的な問題だからソレを乗り越えなければ先へは進めないことくらい、中丸にだって解っている。
だから、亀梨は徐々にその問題と向き合おうとしているように思えた。
それが亀梨の引きこもり回数を減らしている結果に繋がっていて。
でも、赤西はどうだろうか。
彼は未だ、自分の殻に閉じこもったまま。
根本的に問題の種類が違うのを、中丸は知っている。
だからと言って、このままで言い訳じゃない。
そういう中丸の気持ちを解っていながら、赤西は自分に影響を及ぼしている亀梨だからこそ、慎重にならざるを得なかった。
“過去のトラウマ”は、人によって程度も、重みも違う。
比べるようなものではないが、赤西には、ソレは暗く、重く圧し掛かっていた。
距離が縮まらないままでも、月日は流れる。
亀梨との同居生活が始まって、早2ヶ月が経とうとしていたある日、一人の男が赤西のマンションに訪れた。
エントランスを抜け出る人に紛れてマンションの中へと入る。
その男は、エレベーターに乗り込み、7階のボタンを押した。
壁に背を凭れさせ、ニヤリと人相悪く笑うその男は、愉悦に浸る。
「クックック...待ってろよ...お前は、俺のものなんだ...
今そこから、連れ出してやるからよ...
クックック......」
下卑た笑いを喉の奥から絞り出すようにして音にし、今か今かと目的の階に着くのを待ち望んだ。
軽い機械音を立てて、7階に着いたことを知らすエレベータから緩慢な動作で男は降りる。
三日月形に吊り上げられた口端をペロリと舌なめずりして。
一番端の角部屋へと向かう。
その部屋は、赤西の部屋。
まだ赤西は帰宅していない。
だから、今その部屋にいるのは、亀梨唯一人。
それを知っているのかいないのか。
男は辿り着いた部屋の前に付いているインターフォンを押す。
インターフォン独特の音を奏で、数秒後、若干ノイズが混じった声が聞こえてきた。
それは、男が待ち望んでいた声。
『はい...どちら様ですか?』
「.........」
『あの...?』
「和也...迎えに来たよ。」
『っ!!
ぁ...、ぅぁっ...!!!』
玄関の前のインターフォンが鳴った事に訝しりながら、対応していた亀梨。
喉の奥で笑いながら、亀梨の反応を窺っていた男は、亀梨にとっては地雷と成り得る存在だった。
その声を聞いただけで、亀梨の身体が震え、上手く呼吸が出来なくなる。
受話器を取り落とし、亀梨はその場に崩れ落ちた。
扉一枚隔てた向こう側に、あの男がいる。
それが、亀梨の恐怖を寄り一層引き立てた。
「和也...そんなところにいないで、お父さんと一緒に帰ろう?」
『ぁ...、ぁっ...っふ、く...っ!!』
「和也...出ておいで。
もう、離さないから安心しなさい。」
『ぁっ、...ぅく...はっぁ...!!』
苦しく喘ぐ亀梨とは対照的に、男は嬉しそうに言葉を紡ぐ。
さながら、探し続けたおもちゃが見つかった子供のように。
その瞳は、鈍く、狂気の色に染まっていた。
玄関には鍵がかかっているので、男は中には入っては来れない。
けれど、亀梨はこの男が自分の欲望の為なら手段を選ばない男だと知っていた。
何とか逃げようとするも、男に対する恐怖に身体が竦み上がって動かすことが出来ない。
「ぁっ...か、に...っ、ぃ...!!」
亀梨が絞り出した声は、確かに届いていた。