■もしも「接触恐怖症×対人恐怖症」だったら  2007/03/23
同居生活から10日目。
この2人のぎこちない関係に、変化を齎す者が、マンションへと訪れた。
自称、赤西の友達――中丸雄一が、マンションへと来たのだ。
中丸は、赤西のクラスメートで、彼の過去を知る一人。
“過去のトラウマ”によって、人と関わることを辞めた赤西の近くに、ずっと一緒に居た存在だ。
赤西は他人を信じない。
それは、中丸も知っている事実。
彼が自分を守るために人を信じれなくなったのを中丸は知っている。
だから、中丸は自分を信じてなくても良いと赤西に正面切って告げたのだ。
それは、10年も前のこと。
それから、中丸はきちんと赤西に必要な距離を保って一緒にい続けた。
大切な友達を守る為に。
そうしたら、中丸は赤西の使いっ走りにされた。
中丸を自分から離そうとした意図を含んだ行動だったが、半分は、満足に一人で買い物へ行けない自分を隠すため。
普通の生活は送れても、買い物だけは、赤西は出来なかった。
理由は簡単。
きっちりお金を払えればいいが、場合によってはおつりが出てしまうことがある。
そのおつりは、大抵が手渡しで渡されるため、どう頑張っても相手の手が自分の手に触れてしまうのだ。
だから、買い物は全て中丸の役目だった。
ソレを嫌がる風でもなく承る中丸は、亀梨が同居し始めても買い物係をかって出ていたのだが。
今日はうっかりと赤西に財布を返すのを忘れてしまったのだ。
今までも何度かそういうことがあったのだが、当の赤西は

「毎回渡すのが面倒だからお前が持ってろよ。」

の一言で済ませてしまう。
だが、他人の財布を長時間有するのは中丸の常識に反するのか、いつもマンションまで出向いて返すのだ。
今日もその要領で財布を届けに来たのだが。

「あ、俺中丸だけど。
 赤西、財布返しそびれててさ、だから返しにきた。」
『...あの、まだ赤西帰ってきて、ないンだけど...』

部屋の主が居なかった。

「ん...?
 アレ?お前誰?」
『......3ヶ月、同居することになった、亀梨...』

エントランスのインターフォンに代わりに出たのは赤西の同居人の亀梨で。
中丸と初対面の亀梨は自分の判断で中丸を入れることと、自分が対人恐怖症ということでの板ばさみにあった。
中丸も中丸で、ポストに財布を突っ込んで帰れるほど常識知らずな無神経ではない。
また時間を見計らってもう一度訪れようと考えていると、インターフォンの機械越しに、何かが倒れる音と、受話器が物にぶつかる音がした。
いきなりの事に一瞬動きを止める中丸。

『っ...ぅ......はっぁ...』
「おい...?
 どうした!?大丈夫か!!??
 おい!!!」
『ぅ...っく...!!』

その耳に、苦しそうな喘ぎ声が混ざっていることに気付き、頭が混乱し始める。
その声は、記憶の中の1シーンを脳裏に蘇らせていて。
けれど、既に5時を過ぎている時間帯。
このマンションの管理人はすでに帰っていてこのエントランスを開けられるのはこのマンションの住人しかいない。
運悪く、入る住人も、出てくる住人もいない。
どうしようもなく、必死に呼びかける中丸に、聞きなれた声が届いた。

「...中丸?
 お前、何してんの?」
「っ、赤西!!!
 早く、開けて!!!
お前の同居人、発作でも起したみたいに様子がおかしい!!!」
「っ!?」

後ろにいたのは、中丸が用事があった赤西本人で。
彼の体質を忘れて詰め寄りそうになる衝動を何とか抑えて、亀梨の様子がおかしいことを伝えた。
思い当たる節のある赤西はカバンに突っ込んである鍵を乱暴に取り出し、鍵を開けてエントランスを走り抜ける。
階段を駆け上る赤西に続いて、中丸も2段飛ばしで上っていき、赤西の部屋の前に着く頃には二人とも息が切れていた。
肩で息をしながら、休むことなく部屋の中へと入っていく。
すると、エントランスと直結しているインターフォンの受信機の前に、倒れている亀梨の姿を発見した。
遠目からでも、息苦しく身体を上下させて自らの身体をぎゅっと力強く抱きしめている姿が見える。

「亀梨!!!」

倒れている亀梨を視界に入れた瞬間、赤西は血の気が引く感覚を覚えた。
無我夢中で駆け寄るも、あと一歩のところで足が竦んで動けない。
亀梨が『対人恐怖症』なら、赤西は『接触恐怖症』なのだ。
線引きされた立ち入り禁止領域に踏み込めば、どちらも恐怖心を抱いてしまう。
動けないもどかしさを感じながら、それでもなんとかしようと赤西は声をかけた。
中丸も、そんな赤西を見て何かを感じ取ったのだろう。
極力距離を置き、2人を見守っていた。

「亀梨!!!
 お前に干渉するヤツは居ないから!!
 大丈夫だから、落ち着け!!!」

苦しそうに喘ぐ亀梨と同じくらい、苦しそうな表情と声で話しかける赤西。
その声が届いたのか、次第に亀梨から力が抜けていき、呼吸が落ち着いてきた。
それでもまだ肩で息をしていたが、倒れた上体を起し、壁に寄りかからせて呼吸を整えている。

「っ...、はぁ...、はぁ...」
「あ、落ち着いたみたいだね。
 良かったぁ~。
 俺のせいで混乱させちゃったんだよね?ごめんね~。」
「...中丸...お前、何持ってンの?」
「ん?
 ココア。
 落ち着くかな?って思って。
 えと?俺は近付かない方が良いんだよね?」
「...ああ。」

勝って知ったるなんとやら。とでも言うかのようにマグカップをトレイに乗せてキッチンから出てきた中丸。
落ち着いた様子の亀梨を見て、終始笑顔だ。
場違いなほどほんわかとした雰囲気を醸しながら、一歩半ほど距離を開けて赤西の隣に立つ。
亀梨の症状の確認を取って、トレイを床に置いた。
そしてどこから取り出したのか、布団叩きを持ってトレイを亀梨のほうへと押しやる。
フローリングの床をススス...と滑るトレイを見て、赤西は餌付けしてるみたい。と思った。

「俺はね、自称赤西の友達の、中丸雄一。
 さっきはごめんね。
 ココアは変なものとか入れてないから、気が向いたら飲んでよ。」
「...あ、ぁりがとう。
 俺は...、亀梨、和也......」
「亀梨...?
 んじゃ、カメって呼んで良い?」
「......ん...」

床を滑って目の前に着たトレイからマグカップを受け取り、一口口に含んだ。
途端に口の中に広がる甘みに、自然と息が漏れる。
一口、また一口と、ちびちびと飲む亀梨に、中丸はもちろんのこと、赤西も若干頬が緩んでいた。
表情筋をあまり使わない赤西の表情は、いつだって無表情に見えるけど、中丸は赤西の安堵を感じ取り、嬉しくなる。
感情を動かすことが滅多に無い赤西を知っているからこそ、中丸は良い影響を与えただろう亀梨に興味を持った。
無遠慮にならないように、当たり障りない会話を続ける。

「カメは年いくつ?」
「...16...」
「んじゃ俺らの1コ下なんだ。
 キライな食べ物とかってある?」
「......トマトと梅干...」
「そっかぁ。
 極力買わないようにしなきゃね、その2つ。
 けど時々は食べた方が良いよ。
 トマトは栄養に良いし、梅干は身体をアルカリにしてくれるから。」

ほとんど中丸の質問と化した会話だったが、ぼそぼそと亀梨も返答してくる。
やわらかい雰囲気で、極力近付かない中丸に、取り敢えずは安全だと判断したのだろう。
亀梨の禁止領域に入らない程度に会話は続けられた。
その2人の様子を見て、赤西は端からは解らない程度にしかめっ面をしてその場を離れる。
赤西の雰囲気を感じ取った中丸は、亀梨に気付かれないように苦笑を漏らした。

「...あ、の...」
「ん?
 どうした?カメ。」
「中、丸さんは...」
「中丸でいいよ。」
「...中丸は、赤西に近付いても、平気なの...?」

たどたどしく口を開く亀梨は、俯いていてその表情は見えない。
けれど、赤西のことを気にかけているのが解った。
どういう種類の感情を抱いているのかは定かではないが、それでも気になっているのだと、亀梨の態度がそう中丸に告げている。

「それなりの距離を保つことを前提に、近付いているね。
 それを赤西が良しとしているかは知らないけど。」
「...な、んで?」
「ん?
 それはどうして俺が赤西に近付くか?って質問?
 そうだなぁ~...俺と赤西って、小学生の頃からの知り合いなんだよ。
 幼馴染って訳じゃないけど、赤西が接触恐怖症になるまでいつも一緒に遊んでたりしたよ。」
「.........」
「だから、俺は赤西の過去を知ってる。
 それで俺が赤西に近付くのは、同情とかじゃない。
 友達だから、弱くて脆いあいつを守りたいから、今でも一緒にいるんだ。」

ほんわかとした、優しい雰囲気の中に、中丸の凛とした空気が冴え渡る。
それは、中丸の言葉が本気だということを如実に伝えていて。
顔を上げた亀梨の視界に、離れていたけれど、中丸の意思の篭った瞳が見えた。

「そう...なん、だ...」
「あ、けどカメももう友達だからな。」
「...え?」
「友達だろ?俺たち。
 てか、カメがそう思って無くても俺自称友達名乗るから!!!」
「......ぁりがと...」

にっこり笑ってそう伝えた中丸に、亀梨は顔を伏せて聞こえるかどうか怪しいくらいの音量でお礼を述べた。
髪の間から見える耳は、若干紅く染まっている。

「おう。
 あ、じゃぁ、今日は俺もう帰るから。
 また明日くるな。」
「...うん。」
「床に座ったままでいると冷えるからソファに座るか部屋に戻るかしよろ。
 じゃあ、またな!!」

颯爽と笑顔で去る中丸を見送った後、亀梨は残っていたココアを一気に飲み干し、トレイとマグカップをキッチンへと片付ける。
赤西も優しかったが、中丸も優しかった。
人とまともに接することが出来ないのに、友達と言ってくれた中丸が嬉しく、明日また来たら今度は自分から色々と聞いてみようと亀梨は思う。
中丸のことはもちろん、同居人の、赤西のことも。







それから、毎日のように中丸は赤西の家に訪れるようになった。
毎回、距離を置いて話すだけだけど、亀梨は徐々に表情が豊かになっていくのが見て取れる程、中丸に懐いている。
赤西もその亀梨と中丸の話し合いに強制的に参加させられていて、会話に混ざることはないけれど、離れたところにいつもいた。
最初は大きな三角形のような形になって話していたのだが、日を重ねる毎に慣れ始めたのか、亀梨との距離が次第に縮まっている。
手を伸ばしても届かない距離にいるのは確かだが、それでも中丸は嬉しく思い、反して赤西は複雑な心境だった。
赤西は亀梨に対して、気になっているのを自覚している。
だから、亀梨の表情が変わる度、胸がざわついた。
モヤモヤと、不快ではないにしろ、訳のわからない、感情。
これがどういう種類の感情なのか、赤西にはわからなかった。
否、気付かないフリをしているだけで、本当はとっくに解っていたのかもしれない。
けれど、相手に歩み寄れない自分が、抱いて良い感情じゃない。
そう、赤西は気持ちに蓋をし続けた。



「じゃぁ、赤西。
 俺そろそろ帰るわ。」
「...あぁ。」
「お前らってアレだな。
 ヤマアラシみてぇ。」
「...は?」
「『ヤマアラシのジレンマ』って知らねぇ?
 互いに身を寄せ合おうとするんだけど、自分の身体を守る針で相手を傷つけてしまい丁度良い距離を取らないと近づけない。って話。
 お前ら、それにそっくりだよ。」

相手に触ることの出来ない赤西。
相手に寄られることで恐怖心を掻き立てられる亀梨。
互いに持つ恐怖症によって、一定の距離を保たなければならない2人を見て、中丸は『ヤマアラシ』と例えた。
それは強ち間違いではなく、互いに最初より相手に対しての感情に変化がある今、客観的に的を得ていると思える。
かと言って、それをどうすることも出来ないのもまた事実で。
だからこそ、2人ともこの距離を壊せないのだ。

「...そんなの...俺にどうすることも、出来ないじゃねぇかよ...」

中丸の潜り抜けていった玄関のドアを見ながら、誰ともなしに赤西は呟いた。
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