■もしも「声帯障害者×大学生」だったら  2007/03/18
俺ニ歌ヲ唄ワセテ
俺ノ声ヲ聞イテ
誰デモイイノ
誰デモイイカラ、ネジヲ巻イテ――――





満月が銀色に光り輝く夜。
和也は一人、家路に着いていた。
コンビニのアルバイトが思いの外急がしくて、中々決められた時間内に終われなかったのだ。
生活費を稼ぐ為に始めたバイトなので、深夜の時間帯は時給が良い。
そのかわり、深夜のコンビニに訪れる人は、変な人などが多かったりするのだが。
それでも、今日は普通に人の入りが多かっただけだった。

「明日も大学あんのに...!!」

日付上では、和也の言う“明日”は今日なのだが、本人の感覚上、日付を跨いだ意識がないのだろう。
そんな事を愚痴りながら、家路を急ぐ。
すると、ふと、聞き慣れない音が耳を掠めた。

『―――――』
「ん...?
 何の音だ...?」
『―――――』
「また...、どっから聞こえるんだ、この音。」

キョロキョロと辺りを見回しても和也以外人の気配は無い。
どこか、離れた場所から聞こえてくるのか。と思うも、音は響くように届き、方向が全く定まらなかった。
目を凝らして、耳をすませて、辺りを窺う。
今も尚、響くその音。
不意に、和也の前方、一番近い位置にある外灯が、チカチカと点滅し始めた。
消えては点るその光の中に、何か光を反射するものを見た気がして和也はその外灯に近付く。
点滅する外灯の下見えたのは、30cm程はある人形の付いたオルゴールだった。
円筒の硝子に包まれた中に、1体の人形が胸の前に手を組む形で静止している。
目を瞑り、祈りを捧げるような格好で。
綺麗だと、目を奪われたソレに手を伸ばした。

『―――――!!!』

途端に強く響く無声音。
発信源は、どうやらこのオルゴールのようだ。
だが、ネジが巻かれている様子は無い。
不思議に思いつつも、取り敢えず、そのオルゴールを抱えて家路に着いた。
ずっしりと、見た目通りの質量を腕に与えるオルゴールの人形に目を向ける。
普通ならば、こういう人形は美しい女性の形をしているのだろうが、ソレは男性の人形だった。
だけど、その人形にも、美しいという形容詞が当てはまるほど精巧で綺麗な作りをしている。
銀色に輝く月の光を浴びて、その人形は、美しくその存在を誇示していた。



何とか、和也の住むアパートへと辿り着き、抱えたオルゴールと共に室内へと入った。
さほど広くは無いが、一人暮らしの和也には充分の面積の部屋。
部屋の中央に置かれたローテーブルへと抱えているオルゴールを置いた。
すると、カチャン...と音を立ててゼンマイがテーブルへと落ちて音を鳴らす。
さも、早くゼンマイを巻いて。と言わんばかりに落ちてきたゼンマイを、和也は不思議と手にした。
ネジを巻くため、差込口を探すも、穴がない。
一瞬キレかけた和也だったが、人形の本体の首の後ろに小さく黒い点を発見した。
手に持っているゼンマイの先の大きさと、その黒い点が同じ大きさかどうかを確認して、ガラスの円筒をそっと持ち上げてみる。
グッと力を込めてみるとすんなり持ち上がったソレを横に置き、土台ごと人形を手繰り寄せた。

『―――――!!!』

するとまた強く響く無声音。
恐る恐るゼンマイを差込み、時計回りにまわす。
カチ、カチ、と一周するごとに静かな音が響き、数十回回した所でゼンマイを引き抜いた。
パチリ、と閉ざされていた瞳が開かれ、機械仕掛けのアナログな音が響く。
けれど、いつまで待っても、オルゴール特有の音色は和也の耳に届かなかった。

「え...」

多分、本当なら聞こえるであろう音は響かすことは無く、ネジが切れたのか人形はまた静かに瞳を閉ざした。
どことなく、その人形の表情が悲しげに見えたのは、傾きだした月の光による影が原因なのだろう。
その日は仕方なく、和也は手早く風呂に入り、就寝した。





そして、次の日、また次の日と、和也は無意識のうちに人形のゼンマイを手に取っていた。
気がつけば手の中に納まっているソレに、今日も和也はネジを巻く。
最初はどうにかして音を聞きたい。という想いからの行動だったのだが、日に日に、その行動は別の思惑を持っていた。
和也は、瞳を開けたその人形に目を奪われていたのだ。
最初は普通に綺麗な人形。としか思っていなかった。
男性の姿を模っている人形に、珍しさしか抱いていなかったのに。
今では、淡い気持ちが膨れ上がっていた。
人形なのに。
それなのに、視線を釘付けにさせる、その人形。
そして、毎回聞こえる無声音も気を惹かせた理由の一つ。
日が経つにつれて、無声音にしか聞こえなかった音に、若干変化があった。
何がどう、と明確なことは言えないのだが、それでも、最初の無声音とは違う響きがするのだ。
無声音なのに、時々声に聞こえる時がある。
それは、ホントに時々で、音にしか聞こえないのだが、誰かの声に聞こえる時も、あるのだ。

カチ、カチ...

今日も、いつもどおり人形を土台ごと手繰り寄せ、ネジを巻く。
開かれる瞳に、射抜かれる感覚を覚えたのはつい最近のこと。
吸い込まれるような、澄んだ作り物の瞳に、全てを奪いつくされる感覚がして、それでも良い。と思えてしまう自分に自嘲気味に和也は笑う。
以前よりも確かに聞こえる、人形からの音。
けれど、それはオルゴールの音色なんかじゃなくて、何か、違う響きをしていた。

『―――――!!!』

何かが変わりつつある、この人形。
このまま、毎日ネジを巻いていたら、いつかはその音が聞こえるのだろうか?
何をするでもなく、人形を眺める和也はふと、そう思った。





今日も今日とて巻かれるネジは、カチ、カチ、と一周させるごとに音を聞かせる。
だが、今日はいつもと違い、何かが聞こえた。

『俺ニ歌ヲ唄ワセテ
 俺ノ声ヲ聞イテ
 誰デモイイノ
 誰デモイイカラ
 ゼンマイガ錆ビルマデ、唄ワセテ――――』
「...え?」

聞こえてきた声に、ネジを巻く手を止めてしまった。
すると、いつもどおりパチリと開かれる瞳。
今まで聞こえてこなかった、音がその人形から響いてくる。
オルゴールの音色は、今でも聞こえない。
けれど、人形から、確かな歌声が和也の耳に届いた。

「何で...?」

唄い続けるその人形は、どこか誇らしげに見えた。


どれくらい唄い続けたのだろうか。
数分か、あるいは数時間か。
たった数回、ネジを巻いただけなのに、ずっと唄い続けた人形は、唄うことを止め、瞳を閉ざした。
しばらく、動けずにいた和也だったが、もう一度聞こうとゼンマイを握り締める。
すると、先ほどとは違った感触が手に残った。
ザラリ、と皮膚を刺激する凹凸。
掌を開き、ゼンマイを見てみると、ソレは錆びていた。
ほんの少し前まで、ツルツルに磨かれたように光輝いていたゼンマイは、鈍い光を放つことも無く、錆びが覆っている。

「な、んで...?」

それでもとにかくネジを巻こうと穴に差込み、いつもと同様時計回りに回してみる。
けれど、ゼンマイは回ることは無く、人形は瞳を開けることも無かった。
不可解な出来事が続き、呆然とする和也の耳に、インターホンの音が掠める。
聞きたい音は、こんな機械の音なんかじゃないのに。
そう思いながらも、錆び付いたゼンマイを片手にのろのろと立ち上がり、玄関を開ける。

「突然申し訳ございません。
 私、中丸と申します。
 あなたがお拾いになられたオルゴールのことで、お話があります。
 一緒に来ていただけますか?」

突然の訪問者の言葉に、後頭部を鈍器で殴られたような、そんな感覚を覚えた。
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