■もしも「調律師×ピアニスト」だったら  2007/04/05
それから数日。
隼人は竜の家に入り浸るようになった。
きちんと仕事してるのか?と思ったが、聞こえてくる鐘の音は音がズレていなかったので、取り敢えず仕事は終わったようだ。
ならば、今は休暇なのだろ。と思ったが、時々隼人は学校や公民館に置いてあるピアノの調律に借り出されていく。
休暇なのか仕事なのか、境目がわからない竜は、考えるのも馬鹿らしいとばかりに、隼人に直球で質問を投げ付けた。
隼人曰く。

「ココにいる間は休暇だよ。
 けど、要請があれば、お仕事するの。
 まぁ、言ってみればボランティアみたいなものだよ、お金ちゃんと貰ってるけど。」

というお言葉が返ってきた。
仕事をしている時点で休暇と言えるのかどうか竜には判断出来なかったが、早々ピアノの調律が狂う訳でもなくこの島にあるピアノは数える程度しかないので、後はもう休暇なんだろう。と思うことにした。
どうして竜がココまで隼人の休暇中か仕事中かを気にするのは、大抵竜がピアノを弾いているときに隼人の携帯が鳴り響くからだ。
途中で中断された演奏ほど、竜の機嫌を損ねるものはない。
更に、ここ数日で隼人と竜はすっかり打ち解け、言葉や態度に遠慮が要らなくなってからは、機嫌を損ねた竜は中々隼人に冷たく当たるようになった。
ソレに苦笑しながら機嫌取りをする隼人も、もう日常の一部として溶け込んでいる。


「ねぇ、竜ちゃん。
 アレ弾いて。」
「お前、ホントに好きだな。」
「良いでしょ~。
 俺の好みにケチ付けないでよ。
 ほら、早く!!」
「はぁ...」

1曲終わって、隼人は竜に次に弾く曲のリクエストをした。
2回に1回は必ずリクエストする、曲――パッヘルベルのカノンだ。
この曲は、ピアノだけの演奏よりも他の弦楽器などが組み合わさるととても良い曲だ。
それなに、隼人はよほどこの曲が好きなのか、良く竜に弾かせる。
各言う竜も好きな曲の部類に入る曲なので文句を言いつつも鍵盤に指を滑らすのだった。

隼人はいつも、開け放たれた窓の下に座り込んで竜の演奏を聴いている。
一番初めに会った時のように窓から入って、壁に背を預け、足は投げ出し、とても自然体で竜の奏でる音を聴くのだ。
最初はイスに座るように竜も進めはしたが、隼人は笑顔で断りを入れた。
理由は、窓の側が一番気持ちよく聞こえるから。だそうで、絶対音感を持つ隼人には、ピアノの音の他にも聴こえているのだろう。
そう解釈した竜は、今では隼人の好きにさせていた。






瞬く間に日々は過ぎ。
竜がこの島に来て、1ヶ月が経とうとしていたある日、この島に嵐がやってきた。
ガタガタと音を立てる窓に、ガラスに叩きつけられる大粒の雨、薄黒い雲が空全体を多い、時々光って音を鳴らす。
雨の日は、隼人は来ない。
日が経つにつれ解ったそのことで、今日は隼人は来ないだろうと当たりをつけていた。
普段の雨のときでも現れないのに、こんな暴風雨の時なら尚更。
そう思っていた竜だったが、自然が奏でる音に紛れて、微かに戸を叩く音を竜は聴いた。
不審に思いながらも、玄関へ。

「...どちら様ですか...?」
「俺、隼人。」
「隼人...?」
「ね、竜。
 開けてくれない?
 俺、今日話があってここに来たんだ。」
「あ、あぁ。」

いつもどおりの、ふんわりとした口調で喋っているのに、音に含まれる雰囲気は真剣味を帯びていた。
取り敢えず、考えていても仕方がないので竜は玄関を開けて隼人を招き入れる。
外の暴風雨に晒されたのか、隼人はびしょ濡れだった。
ポタポタと、玄関に水滴を落とす隼人は、家に上がろうとはせずに竜の目を見て話を切り出した。

「俺ね、明後日本州に帰るんだ。」
「......え?」
「休暇が終わるから、戻らなきゃならないんだ。」
「そう、なんだ......」
「......俺がね、調律師になろうと思ったの、7歳の頃なんだ。」

隼人から齎された言葉に、少し戸惑い気味に視線を外して言葉を紡ぐ竜。
無意識なのだろう。
左手の肘の辺りを掴む手は、爪の先が白くなるほど力が加われていて。
やんわりと、その手を外しながら、隼人は言葉を続ける。

「絶対音感持ってたから、親に音楽関係の仕事をしてみたら。って言われ続けてて、その当時、偶々親戚が出場するコンクールがあって、親に誘われて付いて行ったんだ。
 まだまだ技術も何もない子供から、磨かれた技術を駆使する子供とかが出場していて、そのコンクールに竜がいたんだ。」
「...え?」
「俺が最初に聴いた曲は『パッヘルベルのカノン』だった。
 だから、この曲が好き。
 次に聴いたのは、そのコンクールの優勝が決まったときにアンコールで弾いた『トルコ行進曲』
 なんでピアノだけじゃ演奏しにくい『カノン』なんて弾いたんだろう。って思ってたら、竜がその時のインタビューでこう答えたんだ。
 『その曲が一番好きだから。』
 たった、その一言だったけど、凄い。って思えたんだ。
 自分の意思を突き通して優勝した竜が、俺には同い年に見えなくて、凄く印象強くて。
 いつか、話してみたい。って思ったんだ。
 俺は絶対音感があるだけで楽譜はちっとも読めないから、ピアニストにはなれないけど、調律師にはなれる。って子供心に思って。
 調律師になったら絶対、竜の弾くピアノを調律するんだ。って、それを目標にし続けてきたんだ。
 目標、叶えられたけどね。」
「.........」
「俺は、世界的ピアニストの小田切竜の、子供の頃からのファンなんだ。
 ソレと同時に、こんな離島で聴衆も居ない中、ピアノを弾く竜が大好きなんだ。」

話の途中で、俯いていた竜の顔が、弾かれたかのように上げられた。
視界の先に、優しい、慈愛に満ちた隼人の満面の笑みが広がっている。
掴まれている腕をちょっと引かれて、竜は隼人の胸の中に収められた。

「竜と直接会ってまだ3週間しか経ってないけど、俺ずっと竜のことが好きなんだ。
 音楽評論家のオヤジ達は、竜の奏でる音が変わった。って、言ってるけど、そんなこと、全然ないよ。
 竜の音は、どんな音でも竜の音だもん。
 子供が変声期を迎えて大人になるように、竜の音も徐々に変化が付いてきただけ。
 逆に色々言われるから、余計な力が入りすぎて音が変わってるだけなんだ。
 昔から、音は変わらないよ。
 ただ、音も竜と一緒に大人になっていってるだけ。
 だから、自信を持って。」
「...隼人...」
「俺ね、竜が大好きなんだ。
 どんな竜でも、見続けてきたから、俺には解るよ。
 大丈夫。
 胸を張って、竜。
 子供でも、大人でもない今の竜の音を、また俺に聴かせて。」

抱きしめていた身体を離して、隼人は竜の瞳から流れる涙をキスで拭っていく。
目尻に、目頭に、頬に、時には額にキスをして、もう一度ぎゅっと強く抱きしめて。
腕に閉じ込めた竜の耳元で、隼人は甘く囁いた。

「愛してるよ、竜。」






そして2日後。
嵐は過ぎ去り、本州行きの舟は出発した。
白い木造の家は、家主を失い風だけが家の中を駆け抜ける。
紅い屋根の風見鶏は、今日もまた悠々と踊っていた。

「隼人、俺、また頑張るから。」
「おう。
 あんな狸オヤジの言うことなんて無視してれば良いんだよ。」
「......お前は俺専属の調律師な。」
「竜ちゃん、愛してる!!!」
「...俺も、隼人が好き...」

揺れる船首で、想いを確かめ合った二人は甘い甘いキスをした。







□-◇あとがき◇-□

髪の毛を洗っている時に思いついた『調律師×ピアニスト』
うん。
やっぱりお風呂でネタ考えるの辞められないや(苦笑)

んと...?
『パッヘルベルのカノン』が好きなのは真咲です(笑)
コレって、完全にピアノで弾けるのでしょうかね?
確実に弦楽器は必要な気が...するのですがι
まぁ、そこらへんはご愛嬌。ということで(苦笑)
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