嫌悪と怠惰
雑誌の表紙や街頭のポスターなどに彩りを与え、自らの美を商品とする仕事。
それがモデル。
そんな彼らの美をより際立てる仕事をするのがヘアメークアーティストやスタイリスト。
一概にそう言えてしまえるのは、化粧に映え、様々な服や装飾を飾りつけた彼らが、素の時よりも格段に美しいのを誰もが知っているからだ。
だが、だからと言って、それが絶対の真実ではないことを自分は知っている。
例えどんなに化粧が映え、美しく着飾ったとしても、所詮は印刷された紙の上の存在。
よくてブラウン管越しの存在なのだ。
だからこそ、自分は知っている。
モデルの美を一番際立ててくれるのは、彼らと対峙する1つのレンズであり、その持ち主だと云うことを。
カシャ、カシャ、カシャ、カシャ...
断続的に規則正しい音を立てながら自分を見据える1つ目の機械は、緩慢に瞼を落としていく。
それと同時に輝く強い光りは、目をしばたたかせるには充分で。
着ている服や装飾品も去ることながら、自分に当てられる照明がひどく無意味なように感じてしまう。
きっと自分は思っている以上に外面を取り繕えていないだろう。
自分のことなのに客観的に観察してしまうのは、状況が状況だからで、断じていつもこのような思考をしているわけではない。
言い訳染みた自分の考えを無理矢理終了させて、キラは今こんな状況を強いている男を見据えた。
「ねぇ。
君、ホントに僕を撮る気あるの?」
「あるからこうやって撮ってるンだろ?
何か文句でもあんのかよ。」
「大有りだね。
君が本当に撮りたいのは僕じゃない。」
「はぁ?
何言ってンだ?アンタ。
そういうアンタだってこれっぽっちも俺に撮られる気ないだろ。」
「あるわけないデショ?
僕を綺麗に撮ってくれない君に、撮られている時間が惜しいくらいだよ。」
いっそ優雅に悪態を吐くキラは、どこまでも不機嫌丸出しで相手を見据える。
その瞳は怒気を孕んでいてその声は寒々しい程に低く冷たい。
どれ程までにキラの機嫌ボルテージが下がっているのかが窺い知れよう。
キラはモデルの仕事に誇りを持っている。
だから、どんなにいけ好かない相手であろうと外面を取り繕い、仕事を全うさせるだけの意思とプライドは持ち合わせているのだ。
それが何故、こんなにも不機嫌丸出しでカメラと対峙しているのか。
理由は相手、カメラではなくカメラマンの方にあった。
本来なら違うカメラマンがキラを撮るはずだったのだが、突然の事故で足を骨折、手首を捻挫してしまい、仕事を無期休業せざるを得なくなってしまった。
なので急遽代打をとのことで今新気鋭とマスコミに騒がれている目の前の男にお鉢が回ってきたのだが。
なんてことはない。
騒がれていい気になった自尊心の強いだけの新人だ。
この男はカメラマンという仕事を一体何だと思っているのか。
問い詰めてみたい衝動に駆られながらも、それ以上に上回る嫌悪感に、キラは己の持てるボキャブラリを駆使し、相手を渾身の力で罵倒してその場を後にした。
「ちょ、ちょっとキラ君!!」
「僕はこの仕事を降りるつもりはありませんよ。
ですが、彼に撮られるつもりもありせん。」
キラのマネージャーであるマリューは、不機嫌を隠そうともせずにスタジオから出て来たキラを驚愕の表情と言葉で以って出迎えた。
その返答として返されたキラの言葉から、長年の付き合いであるマリューは中で起こったであろう出来事を想像し、苦笑と共に納得をした。
仕事に対し、自分は勿論のこと、他人にも厳しいキラのこと。
実力は未熟ながらも、うなぎ登りに人気が上昇し些か天狗になっている今回のカメラマンに怒り心頭し、それが爆発したのだろう。
そうあたりを付けるマリューの思考は、あながちハズレではない。
やはり彼に決めたのがそもそもの間違いだった。
キラの性格上、こうなることは目に見えていたのに。
キラのスケジュールの都合や今回の依頼主である企業側からの推薦だった事もあり、断り切れずにやむを得ず彼を採用したのだが、結果はご覧の通り。
逆に無駄な時間を使ってしまい、またスケジュールの調整をしなければならない。
実はそういう細々とした作業は頗る苦手なマリューはキラに聞こえないようにと溜め息を1つ。
「ごめんなさい、マリューさん。」
前を歩いていたキラが振り返り、すまなそうな顔をして謝罪の言葉を口にした。
先程の溜め息はバッチリ聞こえてしまったらしい。
「問題は振り出しに戻ってしまったけど、代わりのカメラマンをどうにか見つけないといけないわね。」
軽く溜め息を吐きながら
マリューは目の前のテーブルに突っ伏した。
「けれど腕が確かなプロのカメラマンは皆既にスケジュールが埋まっていて、契約はできません。」
返事を返すのは、目の前の席に座っている、マリューの後輩のナタル・バジルール。
彼女は今、敏腕プロデューサーとして活躍中だ。
「そうなのよねぇ。
何かいいアイディア浮かばないかしら?ナタル。」
「そう言われましても・・・
なら、元々撮るはずだったカメラマン、ムウ・ラ・フラガ氏に相談してみたら如何ですか?」
「彼に・・・?
そうね。彼なら顔も広いし誰か良いカメラマンを紹介してくれるかもしれないわね。
ありがとう、ナタル。
早速お見舞いがてら相談を持ち掛けに行ってくるわ。」
