悲しみの中で
「目標予測地点まで、あと400。
熱源パレス照合、ヒットしません。
どうやら宇宙海賊は既にこの空域から離脱した模様、目標は完全に沈黙しています。」
「まずいわね…生命維持装置がちゃんと生きれいればいいのだけど…
それでは、難民の保護を優先とし、船内捜査を開始してください。」
マリューの言葉により、格納庫からいくつかミストラルが発射される。
そしてそれを守るかのようにゼロとストライクが続いた。
「少佐、あの船に生命反応はあったんですか?」
『船も思ったよりでかいしキョリもありすぎてわからん。
あの船に入れば生命反応も探知できるだろう。
こればっかりは行ってみないことにはどうにも。』
「そう、ですか。」
『ヤマト少尉、扉を開けてくれ。』
「はい。
バジルール中尉、気をつけてください。」
当初の作戦では、船をAAの格納庫内に入れ、酸素を満たしてから船内捜査をする手筈だった。
だが、思いの外襲われた船は大きく、どう足掻いてもAAの格納庫の入り口を通りそうもなく、仕方無しに宇宙空間での船内捜査を余儀無くされたのだ。
このやり方はあまり好まれたものではない。
それは、宇宙空間に酸素がないという決定的で不変的な事柄があるせいだ。
そのため、無理矢理に船に穴を開け、中へ侵入しようものなら船内に満ちていた酸素が無くなり、剰え保護する対象を死に至らしめることになりかねない。
だからこそ、キラのMSやフラガのMAは入れず、人為的な行動あるのみとなってしまった。
『な、コレは…!!』
『きゃぁ!!』
「!!何かあったんですか!!
バジルール中尉!?ミリアリア!?」
通信回線を通し、ナタルの驚愕した声音や、同行していたミリアリアの悲鳴、他のクルーの息を飲む声が聞こえてきた。
『乗組員、乗客ともに既に死亡。
生命維持装置は作動していますがこれでは生存者がいるかどうか…』
『ミリアリアさんをその場から離脱させて。
船の隅々まで探知機で生命反応を調べてちょうだい。
少しでも、望みは持ちたいわ。』
『了解しました。』
ナタルらしい淡々とした口調に、要所要所で感情の片鱗が見受けられた。
時と場合をきちんと把握しており、私情を決して挟み込まない。
軍人然とした態度をとっていても、人としての心を捨てたわけではない。
それがナタル・バジルールであり、彼女である所以だ。
不器用なだけで根が優しい人で、きっとマリューの言う事が判っていたのだろう。
直ぐにミリアリアを乗せたミストラルがキラの前を横切っていった。
どんなに時間をかけても、大々的な行動だったにも関わらず、宇宙海賊について何の証拠も見つけ出せなかった。
生存者も、あとは格納庫を探すのみとなった現時点で誰一人、確認出来ずにいた。
船内は、どこもかしこも血で溢れ、浮かんでいるのは紅い雫と、人だった、今は肉の塊だけ。
無残すぎるその光景に、胸糞が悪くなるのを感じながら、探知機を手に格納庫内を歩き回った。
すると、
ピピー、ピピー、ピピー…
今まで鳴る事のなかった探知機がランプを点滅させ、鳴り響いた。
探知機のディスプレイに表示された座標から推測するに、生命反応があるのは救命ポット付近。
或いは救命ポットの中、かもしれない。
とりあえず足早にそちらに向かうと、1人の老人が血を流しながらポットの入り口に背を預けていた。
「おい、大丈夫か。
意識はあるか!?」
「わ、たしは…長く、ありません、…っだから、このポ、ットの中のァ…ラ、様を…!!」
「おい!!しっかりしろ!!
…このポットをAAへ運べ。」
絶命した老人を静かに床に横たえさせ、ナタルは感情を含んだ声音で後ろに控える一兵卒に命を下す。
他に生存者がいないことを確認すると、ナタルも艦へと引き上げていった。
その際、老人に敬礼をすることを忘れずに。
宇宙空間での作業も終わり、一同は唯一の生存者が乗っているであろうポットの前に会していた。
意外にもしっかりとロックがかけられているらしく、整備士班が四苦八苦しながら解析し、外している。
カチャカチャとポットに繋がれたパソコンを弄り、そしてどうやら外れたようだ。
ニッと笑ったマードックの言葉と共に閉ざされていた扉が開いた。
開いた瞬間、ポットの中の圧縮された空気と、格納庫内の空気が混ざり、それに伴いポット内に溜まっていた血の匂いが微かに漂ってきた。
匂いの量からして、中の人物が怪我をしている可能性は低くなったが、扉が開いたにも関わらず、中にいるであろう人物が出てこない。
もしや、無人かと、マードックが中を覗き込むと、そこには。
「…子供?」
シートの上で、膝を抱え蹲った1人の子供がいた。
その子供はマードックの声にビクリと肩を震わせ、恐る恐ると云った風に顔を上げた。
上げられた顔に浮かぶ表情は、誰がどう見ても無表情で、合っていなかった焦点が次第に合わさっていって、綺麗な翡翠が辺りを見渡した。
「俺たちはお前さんに危害を加えないから。」
だから出ておいで。と、翡翠の瞳を持つ子供にマードックが手を差し伸べた。
どこか、警戒を示しながらもマードックの手を掴み、子供はポットから外へ出る。
好奇な瞳をいくつも向けられる中で、1対の瞳が驚きに見開かれた。
「アス、ラン…?」
呟かれた言葉は思いのほかその場を反響し、『アスラン』と呼ばれたその子供は、先ほどよりも盛大に肩をビクつかせ、マードックの後ろへとその小さな身体を隠した。
「アスラン、僕の事忘れちゃった?」
キラはアスランと同じ目線になるように片膝をついて屈み込んだ。
マードックの後ろに隠れたアスランはキラの顔を凝視しているが、出てくる様子は微塵も無い。
「き、キラ…」
「良かった、覚えててくれたんだね。」
「キラ君、知り合いなの?」
「その割にはあんまり仲が良さそうには見えないが。」
「…。
マードックさん。」
隠れるようにしてマードックの後ろにいるアスランの口から自分の名前が出てきたことに、忘れられてたわけじゃないらしいと認識し、笑みを向けるが、如何せん、アスランは自分の前に出てくるつもりは無いみたいだ。
忘れられた。以外に思いつくこの行動の意味を考え、確信めいた事柄を思い出す。
それを確かめるべくマリューとフラガの言葉を流し、マードックに名前を呼ぶ事で合図を送った。
その意味を理解したマードックにより、アスランは突然キラの前に出される嵌めとなり、無重力状態における慣性により初速度と同じ速度でキラに抱きとめられた。
「っ!!!
キラ!?ゃっ!!…やだ!!!離して!!!」
「アスラン。」
「やだ!!!離して!!!キラぁ!!」
「アスラン。
…泣いて、いいんだよ?」
キラの腕の中でわたわたともがくが、所詮は子供の力。
アスランよりも数倍力があるキラに敵う筈もなく、声での抵抗も、名前を呼ばれ、そして1言で、止んだ。
「き、ら…?」
「泣いてもいいよ?アスラン。
怖かったでしょ?…我慢しなくても、いいんだよ?
此処には、君が泣いて怒る人は誰もいないから。」
「ふぇ…っ、キラぁ…」
驚きに見開かれていた翡翠は、キラの言葉で徐々に水膜をまとい、そして、ぽたりぽたりと零れ落ちた。
抱き締めていた小さな身体に、抱き締められるまで時間はそうかからず、しゃくり上げながら、それでも声を殺し泣くアスランの背を等間隔で優しく叩き、思う存分泣かせてあげる。
泣くことを抑えるアスランだから、こうして泣かせてあげないと決して涙は見せないだろう。
先ほど、キラを拒んだのだって、こういう理由だ。
キラはアスランが生まれてから、2年前分かれるまでずっと一緒にいた。
だから、アスランの家庭環境もわかっているし、アスランの性格も理解している。
辛い事を1人で抱え込む癖も、完璧であろうとする癖も、泣くことを抑える癖も。
全て、知っている。
泣かないアスランを泣かすことがキラの役目だったこともあった。
アスランにとって、キラは1番近い存在で、何もかも、自分自身を曝け出せる相手だった。
だから、先ほどアスランはキラを拒んだ。
2年前と変わってないと、思う反面、今でも自分の前で自らの感情を曝け出してくれるアスランを嬉しくも思った。
「っく…ふ、…は、はうえが…」
「レノアさん?
レノアさんがどうかしたの?」
「1年前、ユニ、ウスセブンで……父うえも、半年前にぶるー、こすもすに……
しつじの、ロナ、も、海賊に…襲われて…っ!!!」
アスランの告白に、一同が騒然となり、マリューやミリアリア、フレイなどはもらい泣きをしたのか、涙ぐんでいて、バジルールやフラガ、他の男性陣は、遣る瀬無い思いで歯を食いしばっていたり握り拳を作っていたりする。
「…そう。
辛かったね、アスラン。
1年前から、ずっと耐えて……もう、耐えなくてもいいよ。
今まで泣けなかった分、いっぱい泣くといいよ。」
キラの優しい声が響き、アスランの泣く音だけが、その場を支配した。
アスランを優しく慰めているキラも、内心ではとても遣る瀬無さで一杯だった。
当然であろう。
キラは、アスランはもちろんの事、アスランの両親、それに執事のロナとも顔見知りで、お世話になった事も1度や2度じゃすまないほどにあった。
キラの母がアスランの母と親友だったこともあり、かなり親しい間柄だ。
そんな人たちが、自分が悠々と暮らしていた時に戦争によって殺されていた。
なんで、どうして。と、答えの出ないことを思いながら、アスランを抱き締める力を強めた。
キラの瞳から一滴だけ、雫が零れたのを知る者は誰もいない。
