bloodshed
地球にあるザフト軍基地にてミネルバは補給を余儀無くされた。
タリアの凛々しい声がブリッジに響き渡り、通信管制を担当しているメイリンがタリアの言葉をそのまま艦内放送にのせた。
慌しい艦内にメイリンの、タリアの言葉が届けられブリッジでは幾分か平穏が戻りつつある。
「しばらくは補給のため動ける状態ではないのでしばしの休息ということになるかしらね。
メイリン、あなた達は上陸を許可します。
地上で充分に羽根を休めてきなさい。」
「はい!!艦長。」
不意に掛けられた言葉に椅子ごと振り返ってみれば、穏やかな笑みを湛えタリアはメイリンを見ている。
その形の良い口から紡がれた言葉に、メイリンは顔中で嬉しさを表しタリアが促すままブリッジを後にした。
「あ、お姉〜ちゃ〜ん!!!」
ブリッジを足早に退出し、皆が集まっているだろう休憩室に向かう通路の途中、メイリンは姉のルナマリアの姿を捕らえた。
いつもの如くその場で手を大きく振り大声で姉を呼ぶ。
そのルナマリアの後ろにはシンとレイの姿もあり、更に後方にはアスランの姿もあった。
「艦長から上陸許可が出たよ!!!
たまには皆で一緒に外回ろうよ!!!アスランさんも!!!」
駆け足でルナマリアの前まで走りより、腕に自分の腕を絡ませながらタリアの言葉を伝え、丁度後方に迫ってきたアスランに向けても満面の笑みと共に言葉を向けた。
「君達だけで行っておいで。」
「ずっと艦内生活だったので、
たまには陸に上がってみるのも気分転換になって良いと思いますよ。」
「折角上陸許可が出たんですから一緒に行きましょう!!」
「しかし…」
「では我々のお目付け役ということでご同行願えませんか?」
苦笑と共にやんわりと断りの言葉を継げるとルナマリアとメイリンが食い下がる。
傍目から見ても困り果てた様子なアスランにレイは助言ともとれなくもない一言をかけた。
その一言には言外に「ホーク兄弟は諦めが悪いです。」と言っているようなものだった。
「…そうだな。
それじゃあ、一緒に行こうか。」
「わぁ〜い、やったぁ!!!!」
「それじゃぁ15分後に休憩室で落ち合いましょう。」
アスランの返事を受け取り喜ぶメイリン。
テキパキとその場を仕切るのはやはりと言うかルナマリアだ。
彼女の表情も心なしか嬉しそうだった。
私服に着替える時間と自分達女の子組が支度に掛かる時間を想定し妥当な数字を割り出して伝える。
それに頷き返した他の面々を見て、シンを見据えて注意の一言。
「シン、遅刻はしないでよ!!」
「わかってるよ、ルナ!!!」
その後、きっかり15分にやってきたシンに5分前には着ていたルナマリアが軽く小言を洩らした。
その際、MS技術者のヨウランとヴィーノも加わって二言三言洩らしていたのをコーディネーターの素晴らしい聴力は聞きとめた。
ヨウランとヴィーノが加わったのは艦長のお許しがその2人までもが範囲だったためだ。
何はともあれアスランたち7人は大所帯とも言えなくもない人数で陸へと上陸した。
「っ、はぁ〜。
久々の陸!!!地面が揺れてないのって久しぶりだぁ。」
「確かに。
太陽に当たるって久しぶりかも。」
上陸早々、シンは大きく息を吸い込み、腕を上に伸ばして盛大に深呼吸をした。
釣られるようにしてヨウランたちも深呼吸をし、あまりデッキなど、外に出ることの少ないヴィーノが相槌を打ち燦々と降り注ぐ日光を堪能している。
「そろそろ行きましょう。
久しぶりに陸に下りたのだから色々と買い物がしたいわ、私。」
ルナマリアの言葉により一同は市街地へと向かった。
ファッション店、本屋、雑貨屋、工具店などなど。
様々な場所を回り、見て、次は何処へ行こうかと思案する。
と、そのとき。
ぐぅ〜〜〜。
何とも間抜けな音が聞こえてきた。
音のしてきた方向を見やれば顔を仄かに赤めたシンが右手でお腹を摩っている。
「もうそろそろ昼時だし…どこかで昼食をとろうか。
流石に皆もお腹空いてきただろう?」
「そうですね。
あ、じゃぁ、あの店なんてどうです?」
「外にもテーブルでてるから外で食べようよ!!!」
「賛成〜。」
地上を照り付ける太陽を見やればほぼ真上。
アスランは少しの逡巡の後言葉を掛けてみれば、すぐさまルナマリアからの応答が返ってきた。
手ごろな店を見つけ出し、同意を求めると、妹のメイリンが反応を示し、ヨウランやヴィーノも同意を示した。
その店は差ほど大きくもないのだが、屋外でも食事が出来るようにいくつかテーブルが出されている。
それぞれ席につき、各々食べたいものを注文した。
店のすぐ脇の道路では車などがあまり通らないためか鳩が我が物顔で闊歩している。
ずっと歩き詰めだったためかヨウランとヴィーノは少々バテ気味だ。
ルナマリアとメイリンは嬉々として食べ終わったあと行く場所を話し合っている。
そんな話を間近で聞いているシンは些か表情が硬い。
レイはレイで、先ほど購入した本を片手にコーヒーを啜っている。
そんな様子を微笑ましくアスランは見ていた。
確かに自分も彼らたちもずっとミネルバに篭りっぱなしだったのだ。
いい気分転換になったのだろう。
そう思っていた時。
「っ!!!!
皆、伏せろぉ!!!!!」
アスランの言葉に一番早く反応を示したのはレイだった。
横にいたヨウランとヴィーノを押し倒し、机を蹴り上げる。
アスランもシンとルナマリア、メイリンを素早く引き寄せ机を盾にした。
理解する間に倒されたルナマリアやシンたちは、穏やかな町並みからは予想できなかった拳銃の発砲音とその銃の発砲者であろう男達の言葉で何が起こったか悟る。
「蒼き清浄なる世界の為に!!!」
「死ねぇ!!!!宇宙の化け物ぉ〜〜!!!」
「蒼き清浄なる世界の為に!!」
「コーディネーターに死を!!ナチュラルに平穏を!!!」
所謂ブルーコスモスの襲撃だった。
小さな舌打をした後、アスランは懐から小型の銃を取り出した。
「武器を持っていないのなら、大人しくしているんだぞ!!」
言うなりアスランはタイミングを見計らって敵を撃っていった。
急所を確実に撃ち抜き、戦闘不能にしながらブルーコスモスの数と位置を確認する。
2階建ての建物の屋上に3人、地上に6人、建物と建物の間に潜んでいるのが軽く見積もっても3人。
瞬時に相手の配置を把握し、如何に手持ちの武器だけでことを終えるかシミュレートする。
今いるこのメンバーの中で武器をもっているのはアスラン唯一人。
そしてそのうち3人が戦闘には程遠い役回りをしている。
それでもアカデミーで訓練はされているから多少の経験はあるだろうが、今この状況を見て実践慣れをしていないことが見て取れる。
ヨウランとヴィーノは目の前で起こっている戦闘に目を見開き、メイリンは少々取り乱している。
そのメイリンを慰めているルナマリアも今この状況では妹を優先させるべきだろう。
それに彼女の銃の腕前を考えれば援護射撃は遠慮したい所。
対するレイとシンは流石に前線でMSを駆るだけの実力があるだけに、この状況でも何とか打開しようと思案している顔つきだ。
アスランはいくつかのシミュレートを頭の中で展開すると眼光を鋭くしてテーブルのバリケードから単身ブルーコスモスに向かっていった。
「…え?」
突然のアスランの行動にシンが洩らした小さな呟きも銃撃戦の音で掻き消されてしまう。
だが少なくとも近くにいたルナマリアやレイ達には聞こえたようで皆一様にして表へ踊り出たアスランを凝視していた。
そこから先は本当に短時間の出来事だった。
まず最初に近くにいた相手を撃ち、持っていたマシンガンを奪う。
その奪った銃左手に構えて左側前方に位置する建物の屋上にいた3人を狙い撃った。
そして丁度弾切れした自分の持っていた小型の拳銃を相手に投げつけ怯んだ隙に懐に飛び込み銃を手で叩き落とし上段蹴りで吹っ飛ばす。
その間にも建物との隙間にいた男達を左手に持っていた銃で撃ち抜き、先ほどと同じように弾切れした銃を相手目掛けて投げつけた。
忍ばせておいた護身用の短剣を引き抜き、急所を確実に突き、進行方向に邪魔になる相手を蹴り飛ばしていく事で、残り4人を華麗なる足技で蹴り倒していく。
その場にいたブルーコスモス全員を戦闘不能にしたアスランの表情はとても冷たくて。
味方であるはずのこちらでさえも畏怖を覚えてしまうほどで。
ふと、燦々と照り付ける太陽の下、足元に小さな蔭がゆらゆら揺れていることに気付きアスランは天を仰いだ。
すると、何かがひらひらと舞い落ちてくる。
反射的にアスランは落ちてくるモノを捕まえるように腕を伸ばした。
それが合図の様にその場にいた返り血を浴びた鳩が、一斉に飛び立っていく。
真っ赤な血を充分に吸い取った羽根が羽ばたくたび、紅い雫が地面へと落ちていった。
アスランが空へと掲げた掌にはひらひらと舞い降りてきた白い花びらがおさまったと同時に、落ちてきた紅い雫で真っ赤に染まる。
そしてその場に、血の雨が降る。
「戦って、戦って、戦って…
そうして勝ち取った平和が本当に平和なのか?
戦い抜いた先に、何が残る?
俺には、何も残らなかった…」
血の雨が降りしきる中、アスランは呟くように言葉を紡いだ。
ブルーコスモスのテロが往来で堂々と起こったからにはザフトの軍人である彼らとしては、これ以上その場に留まってはいけないと判断を下し、早々とミネルバへと帰艦した。
どの道、アスランを初め、比較的近い場所にいた6人にも血の雨は降り注ぎ、私服を汚していったのだから、そんな格好で街を出歩く事を憚られる。
そんなこんなで帰艦し、艦長であるタリアに状況の報告をしてアスランはデッキへと上がっていくと、先客にシンがいた。
「何であなたはいつもあんな戦い方をするんです!?」
シンはアスランの顔を見るなり、険しい表情を顕にしてそうはき捨てるようにして言葉を紡いだ。
対するアスランはいつもの穏やかな空気を一変させ、先ほどの、敵を前にしたような時と同等の雰囲気を醸し出した。
「いつも、と言うと?」
「さっきのこともそうですけど、MS戦でもあなたは自らを危険に曝す戦い方をする!!!
何でです!?
あなたの腕前は確かに凄いものですけど、死なない保障は何処にもないんですよ!?
死にたいんですか!!!???」
「………」
「さっきの言葉と、何か関係でも!?」
シンと会話をする気がないのか、アスランは腕を組んだまま、口を開こうとはしない。
それでもシンは先ほど感じた事を思いの限り吐露し続ける。
「俺はいつも、生き残る事を前提に戦ってはいない。」
「何でですか!?」
「生き残る事に何の意味もないからだ。」
「い…み……?」
真の剣幕を本気と見取ったアスランは徐に口を開いた。
その声はどこまでも他人を拒絶するような響を奏でている。
それでもシンは食い下がったが、思っても見なかった事を言われ、一瞬たじろいだ。
「戦った後に、何が残る?
全てを奪う戦争をして、何を得る?
俺は2年前の戦争で何もかも失った。
それで、どうして生き残る事に意味を見出せる?」
「…それでは、あなたは何のために、ザフトにいるんですか…?」
「俺は、待ってるんだ。
戦場にいれば、いつかは俺も誰かに討たれ、殺される。
その時を、その相手を。
殺される事を待ってるんだ。」
「…何で……!!!
何で、あんたは生きてるのに、死を望むんだ!?
生きてるのに…!!!!」
「全てをなくした今、俺に生きる意味は無い。」
淡々とした口調で紡がれていく言葉を頭で整理しても、シンには理解し難かった。
だって、アスランは今、生きているのだ。
それなのに自ら生きることを放棄しようとしている。
死んでしまったら何もできないのだ。
そう考えると、2年前死んでいった自分の両親と妹の姿が頭を過ぎった。
カッとなって目の前が真っ赤に染まる。
自分の持てるだけの語彙を駆使して己の中の感情を全てぶちまけ、そうしてシンは言い逃げるかのようにその場を走り去った。
一人残されたアスランは陽が沈んで間もないときに自然に生まれるオレンジと日暮れの紺色とが混ざり合った色、彼の瞳の色である紫が自分の髪の色である宵闇に覆い尽くされるまで見守っていた。
俺は、自らこの生を終わらす事はできない。
それは、自ら背負ったものを放り出すことと同じだと思うから。
だから俺は、俺を殺すことが出来る者を、お前が嫌った戦場で待ち続けるんだ…
今更、この命に未練や戸惑いなんて存在しない。
お前を失ってから、生きることに意味を見失ってしまったんだ。
ねぇ、キラ。
いつになったらそっちに行けるか解らないから、待っていて、なんて言わない。
けれど、どうか、俺のことを忘れないで…
忘れられたら、俺の存在理由さえ、なくしてしまうから…
俺はどんなに多くの血を被ろうが、多くの命を背負おうが。
お前のことを絶対に忘れないから…!!!
逢いに行くよ。
