台風一過
「新ちゃん!!!
 女の子になっちゃったんですって!?」
「新一!!
 快斗君にプロポーズしたというのは本当かい!?」
「るっせぇ!!!
 今何時だと思ってやがんだ!!!」

前者の声はとても嬉しそうに、後者の声はとても悲しそうに。
行き成り玄関の扉を開け放たれ、前者と後者の声が工藤邸に響き渡った。
普通なら少々の悪態で収まるはずの彼らの息子、否、今はもう娘の怒りは、並大抵の努力では収まらないだろう勢いで爆発した。

事の発端は、数十時間前、朝のひとときまで時間は遡る。









「それはそうと工藤君。
 黒羽君と結婚するのなら戸籍をどうにかしないと婚姻届出せないわよ。」
「それと新一のご両親に連絡しなきゃいけないしね。」
「やっぱ蘭とかにも連絡すべきだよな?」

めんどくせー。と、しかめっ面をしながら、朝ごはんに出されたスープを一口。
そう、今3人は快斗の用意した朝ごはんを食べている途中だった。
なんやかんやとラブラブバカップルな快斗と新一を見せ付けられ、帰ろうかとしたところ、折角作ったのだからと快斗に引き止められ哀は工藤邸で朝食を摂ることを余儀無くされたのだ。
そして上記の疑問が哀の口から飛び出した。
確かに結婚云々はともかく、男に戻れない以上、女としての戸籍は必要だろう。
それに頷きながらもやはり知人には事の次第を話すべきだと確認しつつ、新一が苦渋の表情を浮べてしまうのは黙認してもらいたいところだ。
何故なら、コナンになった事を知っている新一の両親や隣家の阿笠博士はありのままの事実を話せば事足りるが、そうでない人物、例えば蘭とかお世話になっている捜査一課の面々とかは、新一がコナンになっていたことさえ知らないのに、ありのままの事実を話せるはずもない。
悩む新一に哀は一言だけすっぱりと言い捨てた。

「私が説明するからあなたは連絡してくれるだけでいいわ。」

どちらにせよ、虚偽の事実を言うのであれば新一からでも哀からでも変わりはないのだから、説明を哀に任せてもいいのだが…
はっきり言って、哀に説明をさせるとなると、どんなことを言われるのかわかったものじゃない。
そしてその予感は的中した。

「蘭さん?灰原ですけど。
 工藤君のことでお話が。
 実は彼、黒羽君との子供が欲しいと言って性転換の薬を飲んで今女性になっているの。」

と、いけしゃあしゃあと宣ってくれたのだった。
こんな調子で知人の報告も終わり、後は新一の女としての戸籍と両親への連絡だけとなり、新一の女としての名前を考えるに当たって、やはりここは親が決めた方が良いだろうという結論をだし、その旨を快斗が新一の逆プロポーズの件も含めてロスに居る新一の両親へと連絡した。
やることを午前中の内に済ませてしまった3人は午後の暇つぶしの為に、哀は新一の体細胞の研究を、快斗と新一は蘭も便乗して女性として必要な家庭用品を買いに行くことで時間を使い、定刻に夕飯を食べ、お風呂に入り、ちょっと夜も更け始めた11時には2人同じベッドで就寝したのだった。
そして事件は起こった。
草木も眠る丑三つ時に。
小型台風(ある意味大型台風)の…否、工藤夫妻の突然の来訪だ。
それにちょうど眠りが浅くなり始めた新一が目を覚ましてしまい、冒頭の一騒動が勃発するに相成ったのであった。

あれほどの騒音を夜中に出したら近所迷惑だろう、と思うほどに大音量で交わされる会話に、快斗は3人を宥めると、優作と有希子をリビングへ通した。

「優作さん、有希子さん、お久しぶりです。」
「快斗君、久しぶりだね。
 いや、行き成り夜中に押しかけてしまってすまなかったね。」
「快ちゃんから電話もらってすぐにあっちの家飛び出してきちゃったから、時間がずれちゃって。」

苦笑と共に紡がれる言葉に先ほどのような慌しさは微塵も感じられず、大分落ち着きを取り戻しているようだ。
何か飲み物を、と席を立とうとした快斗を新一が制した。

「快斗構わなくていい。」
「けど。」
「とにかく、夜中に押しかけられてこっちは迷惑してるンだ。
 俺はもう寝る。
 戸籍のでっち上げなんて明日の朝でもできんだろ?」
「そのことなんだが、新一。」
「実は此処に来るまでに余りにも暇だったからもう偽造しちゃった。
 もう一度子供の名前考えることができるなんて楽しかったわ。」

あっさりといいのける有希子の語尾にはハートマークが乱舞していそうなほど声が弾んでいる。
否、絶対に乱舞していたに違いない。
夜中だと言うのに嬉々として目を輝かせているのが何よりの証拠だろう。
対する優作は何処となく苦笑のような笑みを浮べていた。
多分、新一の名前を付けるに当たって、有希子が全面的に押し切ったのだろう。
何となくそんな事が判ってしまう自分が嫌だ、と思いながら新一はため息をつき、隣にいる快斗へと寄り掛かった。

「新一?」
「………」

声を掛けるが返事は無い。
快斗にかかる新一の体重が、先ほどよりも幾分か増した事にある一つの可能性が頭を過ぎる。
些か伏せがちになっている新一の顔を覗き込んでみれば案の定。

「寝ちゃったようなので、上まで運んできます。
 ちょっと待っててください。」
「いや、私達も今夜は休む事にするよ。
 どこか使える客間はあるかい?」
「それでしたら優作さん達ご自分の自室をお使いください。
 すぐに駆けつけるだろうと思って使えるように掃除しておきましたから。」

寄り掛かったまま寝てしまった新一を抱き上げて、快斗は優作達に一言言ってからリビングを出ようとした。
だが、優作の言葉により一旦振り向きかけた身体を止め、優作に対応する。
笑顔でにっこり、穏やかな笑みを見せる快斗にこれまた優しい笑みを向けた優作と有希子は快斗に続いてリビングを後にした。




翌朝。
あれだけ慌しくやってきた工藤夫妻の姿は工藤邸のどこにもなかった。
きっと朝の早い便でアメリカへと戻っていったのだろう。
その証拠に、リビングのテーブルの上に2人宛ての置手紙が置いてあった。

『新一、快斗君へ。

 私達は仕事を残して来てしまったので早々に帰る。
 久しぶりに新一の元気な姿を見れて良かったよ。
 新一、くれぐれも快斗君に迷惑を掛けないようにな。
 快斗君、新一の事を頼んだよ。
 また何かあったらすぐにでも連絡をしなさい。』

 『新ちゃん、快ちゃんへ。

 2人と色々お買い物したかったけど、また時間がないから次の機会にするわ。
 今度は2人一緒にロスへいらっしゃい。
 哀ちゃんとかも交えてゆっくり話がしたいわ。
 そうそう、新ちゃんの新しい戸籍の名前だけれど、『優希』っていう名前にしたわ。
 『優希』と書いて、『ゆうき』って読むのよ。素敵でしょ?
 快ちゃん、新ちゃんのことをよろしくね。』

2人の置手紙を見て、快斗は嬉しそうな笑みを、新一は呆れた表情を浮べた。

「これってさ、俺のこと認めてくれたってことだよね。
 何か嬉しいな。」
「全く、日本まで何しに来たんだか。
 普通国単位でとんぼ返りなんてしねぇだろ。」
「優作さんたちはそれで充分だったンじゃない?
 来た時はちょっと慌ててたけど寝る前なんて穏やかだったし。」
「けど、俺…
 お帰りなさいって言ってねぇ。」

最初、呆れ顔でいた新一も、ちょっとだけ不服そうな表情に変わり、小さい声で呟いた。
どこか拗ねたような口調で。
それに快斗は微笑みつつ、優しい声で言葉を紡いだ。

「久しぶりにメールでも送ってあげれば?
 きっとそれだけでも優作さん達は喜ぶよ。」
「そうだな。
 まぁ、喜ばせると後々面倒臭いことになるかもしれねぇが。」

いつもの天邪鬼な口調に戻りつつも、新一の表情は穏やかだった。


この日去っていった台風は小型だったが、大型に成長してまた工藤邸に来訪してくるまでそう長くもないだろう。







□-◇あとがき◇-□

あまり長くもなく短くもなく、な2話目。
本当はもうちっと工藤夫妻を引っ張るつもりでいたのですが、思いの外あっさりと引いちゃてたり。
それにしても、一応1話完結目指して書いているんですが、前回の補完的な物が2話目の一部分を占めるってどうよ、コレ。

いつもながらに突っ込みどころ満載なので、今日はコレにて逃げます。